◇1.選択権の有無─────────────────────────────  「Disk Magazine Chaos」というものがある。ネットワーク界、初のFSWとして  配布されたDMである。ネットワークでDMを配布する。ネットのボード上で企画し  制作していく。この2つの点は今なお新しい試みだったとして評価される。  しかし、このDMは事実上4巻を刊行して幕を降ろした。その因は何か? この答え  は4巻を一読してくれた諸人ならもう御分かりであろう。  ──サイズである。  その巨大無比なきサイズに殆どの方が不満を持っていたのは今に言うことではない。  また、DMの性質上、種々のファイルを有しているわけだが、ダウンした本人が読み  たい叉は活用したいというファイルがその人にとってDMのファイル数中の何%にあ  たるか疑問が生じる。これが一冊の「本」という存在なら話は全く別である。が、流  石に種々のファイルが集合したものを一括してコメントを付けるのは容易ではない。  帰趨するところ、このネット上でのDM配布というのは非常に制作サイドの立場しか  り読者にとっても冒険的だったわけである。  読み手に選択権が与えられていなかった。  では、読み手に選択権を与えるシステムを敷けばいいのではないか?  こんな考えが浮かんだのである。実に安易だがそうなのである。  ◇2.短命なる物の存在───────────────────────────  現在、RAMGネットには多種様々なボードが群しており、ネットワーカーは視野を  広くもってその様々なサービスを利用することが出来る。開局当初は深夜から翌朝迄  という限定時間制から後に24時間運営へと時間枠が移行し、更に回線数が2つに増  え、1992年7月現在、会員数は700人を超える大所帯ネットと成長した。  これは実に驚異的である。一重に運営者の遠藤氏の努力と人徳、そして常にサポート  してきたスタッフ陣の奮闘、RAMGネットをこよなく愛し利用して下さる会員さん  の暖かい見守りと支援ら三間一努による賜物としか言いようがない。  会員数が激増し、それに伴い書き込み数も増えた。そこ迄は良いのだが。実のところ  ホストプログラムが運営の処理に追い付いてこなくなってきたのだ。その打開策とし  てメンテナンスを行なうようになる。しかも頻繁に作業していかなければならない。  そして書き込まれたアーティクルは古くなったものから次々と姿を消していくように  なるわけである。他のネットと比較して相して変わりないように思えるのだが、メン  テナンスが頻繁に実施される以上、アーティクルは実に短命であると言えよう。  ◇3.意外な帰着点─────────────────────────────  ここで1つの帰着点を見出した。読み手に与えられる選択権と短命になりがちなアー  ティクルの存在。どうにかして1つに融合させることは出来はしまいか、と。  実はその問いを解決する答えが意外にも身近に確かに存在していたのである。バイナ  リ形式のボードである。通常、LZH形式で圧縮されたFSW等を保管するに使用す  るボードである。燈台下暗しとはよく言ったものだ。1つのアーティクルを1つの著  書として保存する。利用者はその著書に興味を持てばダウンロードをして読めばいい  わけで、興味のない方は一切それをしなくても良いわけである。また、テキストファ  イルは圧縮すればかなり縮むことから、バイナリ形式のボードで保存するのに非常に  適しているとは言えないだろうか。  考えた結果、早速書庫としてのファイル・ライブラリボードを開設しようと考えた。  しかし、実際のところ本当にこの類いのボードは必要なのだろうか? 幾度も考えた  。が、それが受け入れられようがられまいが、やってみる価値はあるのではないか、  といつもの凡調子で考えた。そして「D/G」というボードの企画を提出したのである。