VORCが選んだ年間最優秀作品およびアーティストを、今年も部門ごとに表彰します。
平均クオリティは高かったものの、全体的に小粒なレコードリリースの目立った2004年ですが、そんななかでひときわ大きな注目を集めたのが
Tree Waveでした (日本ではほとんど話題になりませんでしたが)。チップチューン界のステレオラブともいうべきまろやかな深みのある音響ポップは、従来のチップチューンフリークには受け容れがたいものかもしれません。しかしチップサウンドからこれまでにない魅力を引き出し、新しいリスナ層を開拓した功績は評価されてしかるべきでしょう。
リスナの開拓という点についていえば、オールドスクールVGM方面は対照的に最悪の展開を見せました。評価の定まりきったタイトルばかりが物量重視で投入される現状には、まったくうんざりさせられました (あと何回「アウトラン」を収録すれば気が済むのか教えてください)。レコード会社の言い分としては「マニアックなタイトルを出しても商売にならない」ということになるのでしょうが、インディで1000枚以上を売り切るチップチューンアーティストが出てきている現状では、単なる言い逃れにしかなりません。こういう自慰的なリリースが目立ったなかで、埋もれていた作品をメーカ自ら積極的に掘り起こした
「WINGゲーム音楽大全集」は高く評価したいところです。
昨年に続いて、今年も
Razor 1911の受賞とさせていただきました。全体的に低調だった今年のミュージックディスク (パソコン上で動作するソングコレクション) 界隈においては、Backtrackの
「ihyper」 (Windows) とならんで、群を抜いた完成度だったといえるでしょう (「ihyper」は当方ではうまく動作しなかったので、次点ということにさせていただきます)。参加ミュージシャンは昨年に比べて半減しましたが、それを補ってあまりある活躍をみせたZabutomとDualtraxの才気煥発ぶりに注目です。彼ら一流のインターフェイス構成美もまた、他の追随を許しませんでした。
Maniac of Noiseのコモドール64シーンにおける復活ぶりは、旧来のSIDフリークには嬉しいトピックだったことでしょう。海外ヴィデオゲーム音楽史に一時代を築いた彼らの功績についてここで詳しく語ることはしませんが、その中心人物であるJeroen Telが、コモドール64で10年ぶりの新作をリリースしたのには驚かされました。しかしそれ以上に注目すべきは、メンバの一人である
Thomas Mogensen (Drax) の活躍ぶりでしょう。今年は
X-2004や
The SID Compo IVで優勝を攫い、単なるノスタルジに終わらない健在ぶりを見事にアピールしています。
そういえば今年は、ベテランコンポーザの復活として話題になった人物がもうひとりいました。ファミコンシーンに返り咲いたかつてのKIDのコンポーザ・
塩田信之氏です。コンテンポラリなチップチューンシーンは、これまで全盛期のミュージシャンからはなかなか理解の得られないものだっただけに、このような新旧世代の交流は興味深い現象といえるでしょう。
それから忘れてはいけないのが、ゲームボーイ方面のさらなるヒートアップです。アーティストたちの多くは活動主体をオンラインからクラブパーティに移し、欧米では今年数えきれないほどのライブが展開されました。彼らの功績で、いまやゲームボーイサウンドはパーティミュージックとしての存在感を着実に高めつつあります。また空カートリッジが入手困難なため新規参入が難しくなっているこのシーンに、活動的な個性派新人アーティストが多数誕生したのも意外な展開でした。先人を凌駕するほどのクオリティに到達している作品はまだ多くありませんが、各人の今後には期待が持てます。
最優秀レーベル賞: 該当なし
今年いちばん元気だったオンラインレーベルは、間違いなく
mp3deathと
20kbps recordingsのふたつです。極度のローファイ志向をみせる両者は、これまでのレーベルにない異質な存在感を放っていましたが、やや乱発気味の感もあり、リリース内容にはかなり波がありました。来年に期待ということで、今年も該当なしとさせていただきます。
Assemblyパーティのオールドスクールミュージック (チップチューン含む) コンペティションは、参加人数が多いだけに毎年きわめて盛況ですが、今年はとくにアプローチの幅が広く、あの手この手のハイクオリティ作品が目白押しの内容となりました。
Agemixerの優勝作である歌うSIDチューン・
「Da Smit Eastwood Jacks」は、なかでも特にユニークな一作です。機種の壁を取り払ったコンペティションは滅多に上手く機能しないものですが、Assemblyはその点で最高の舞台を用意してみせたといえるでしょう。
次点としては
Antique Toy 2004 (ZX Spectrum),
The SID Compo IV (C64),
Famicompo Mini (FC),
MuSiXmas Challenge (MSX) の四つを挙げておきましょう。それぞれのプラットフォームを代表する、いずれも甲乙付けがたいオンラインコンペティションでした。
最優秀ソフトウェア賞: HuSIC
新しいチップチューン世界を切り拓いたという意味で、HuSICの右に出るものはなかったでしょう。利用者の数はまだ決して多くはありませんが、ほとんど手付かずだったPCエンジンの世界に音楽コミュニティを現出させた
某吉氏の開拓精神には見習うべきものがあります。
作曲環境の充実という点では、ゲームボーイアドバンス方面にも大きな動きがありました。
Nanoloop 2.0が話題を沸騰させたのは記憶に新しいところです。旧ゲームボーイの音源をサポートしない仕様のため、チップチューンフリークにとってはいささか物足りない面があることも否めませんが、そういう向きにはトラディショナルなMML愛好者に扱いやすく設計された、
MADRVという選択肢も登場しています。
いくら半導体チップの個人設計が容易になってきたとはいえ、オールドスクールな音源チップを新たに商品化した例は、MagnavationのSpeakJetを措いてほかにありません。ロボットボイスという現代のニッチを巧みに突いたこのチップは、8-bit機器との親和性の高さから、すでに
アタリ2600や光速船の拡張音源チップとして活用されはじめています。Speakjetは新古典的な拡張音源という、これまでにないアプローチの可能性を示したといえるでしょう。
MIDINES (NES),
TNS-HFC1 (FC),
MMC64 (C64) など、クロスプラットフォームな音楽演奏を可能にする実機用ハードウェアのアナウンスが目立ったのも、今年の興味深い傾向でした。
GSF (ゲームボーイアドバンス), USF (Nintendo 64), QSF (CPS1/2) と、今年は新しい音楽フォーマットが次々誕生しました。今年の最優秀ウェブサイト賞は、それらの拠点をいち早く整備した
Caitsith2氏と
Halley's Comet Software氏の両名に捧げたいと思います。こうした基幹整備の動きとしては、ほかに
Adlib Music Archiveの開設も嬉しいニュースでした。
それから現時点では少し息切れの感がありますが、海外チップチューンMODコミュニティに熱い議論の場を提供した
chipforum.netの功績も見逃せません。
総評
ファミコン20周年という掛け声に乗って、今年は (とくに日本で) カジュアルなリスナがずいぶん増加しました。間口が広がったのはたいへん結構なことです。しかしチップチューンというジャンルそのものへの理解が深まったかどうかというと、そのあたりには疑問を感じてしまいます (カジュアル化というのはえてしてそういうものですが)。
カジュアル化の波は海外にも押し寄せました。昨年の
『Wired』誌に端を発するマスメディアでの紹介を見ても、パンクなガジェット音楽としての側面ばかりに注目が集まっており、誰も音楽性に言及していないことは残念です。いまこそマスターピースの必要な時期に来ていると思うのですが、経験豊かな熟練ミュージシャンたちの多くは、残念なことに今年新作リリースに消極的でした。音楽的な面では、いわば充電期間のような一年だったと感じます。このまま停滞に向かうことがないよう、VORCとしては一層のサポートを心がけたい所存です。
[文責:Hally]