VGM or Chiptune of The Year 2005


VORCによる年間最優秀作品およびアーティストの表彰も今年で五回目を迎えました。

最優秀レコード賞: YMCK "Family Racing"

作品の密度においてもプロモーションの周到さにおいても、YMCKのセカンドアルバムが圧倒的にインパクトのある一枚だったことは異論のないところでしょう。ファーストアルバムで確立したそのエレガントなヴォーカル+ファミコンポップのスタイルは、ここにおいて洗練の極みに達しました。彼らが新しく獲得したリスナは、下手をすると従来のチップチューンリスナより多いのではないかと思われるほどなので、他のアーティストにもさらなる奮起を期待したいところです。

その他の話題作としては8-bit Weapon "Vaporware Soundtracks"Mini Melodies "If I never came home again EP" などがありました。深みのある女声ヴォーカルとSIDサウンドの鮮やかな結合で堪能させてくれた後者は、とくに要注目です。

ボックス形式での再販に傾斜しすぎたオールドスクールVGM方面については、もはや多くを語るまでもないでしょう。結局オールドスクールVGMはどこまでも中年コレクタのための思い入れグッズとしてしか存在価値がないというのが、各レーベルの結論なのでしょうか。新規リスナ開拓の放棄により、ある種の偶像崇拝が完成されてしまった感があります。


最優秀ミュージックディスク賞: Tinnitus - As far as the eye can see (Commodore 64)

YM Rockerz "tYMewarp" (Atari ST) とどちらを選ぶべきか非常に迷いました。両者ともユニークなサウンド、洗練されたビジュアル、遊び心満載のインターフェイスという三点を完璧に押さえたハイレベルなコンセプトワークであり、稀にみる傑作ミュージックディスクですが、たった2名の手でこれだけの作品を創り上げたという点を評価して、今年はポーランドのホープ・Tinnitusに栄誉を贈ります。AsterionのケルティックなSIDチューンが架空の中世世界に物語を紡ぎ出すさまは、ミュージックディスクという表現様式のひとつの完成形を示しています。

今年は例年と異なり、Windowsのミュージックディスクにいまいち元気がありませんでしたが、CoolPHat"TECKNiCS" は、そんななかにあってひときわ目立つ例外だったといえるでしょう。サウンドの勢いとバラエティにおいては、これが今年のベストです。


最優秀アーティスト賞: David E.Sugar (Gameboy)

今年はギターや生楽器などを積極的に導入するバンド志向チップミュージシャンの躍進が顕著でした。生楽器の導入はもちろん今に始まったことではありませんが、これまでは生楽器が主体、チップサウンドはオマケ的というバンドがほとんどだったのに対し、あくまでチップらしさを前面に押し出したサウンドが多かったのが、今年の特色です。この路線である程度の成果を収めたアーティストとしては、Anamanaguchi, Firebrand_Boy, Kplecraft, OMACらが挙げられますが、抜きん出た存在感を放っていたのは、なんといってもUKのゲームボーイミュージシャン、デヴィッド・シュガーでしょう。

だいたいにおいて生楽器は矩形波を食ってしまうか浮いてしまうかするもので、こうした試行はなかなか自然にまとまりません。なかでもギターはチップ音色と馴染ませることの特に難しい楽器であるといえるでしょう。しかしシュガーは卓越したギターポップのセンスでその壁を軽々と乗り越えてみせました。ポップスター的な資質を見せつける一方で、彼はまた先鋭的なチップエレクトロの旗手でもあり、Logic Bomb名義で披露したような大胆不敵なファンキーぶりからも目が離せません。

正統派アーティストは全般にもうひとつ元気がなかった印象ですが、幅広いプラットフォームでさらなる多芸ぶりを見せつけたスウェーデンの若き才能・Zabutom, 洗練しつくされたファンクテイストをコモドール64でも爆発させたフィンランドのキング・オブ・チップファンクことReed, そしてアタリSTで著しい成長を遂げたスイスのエレクトロ爆弾・Stuの3名はエキサイティングな例外でした。


最優秀レーベル賞: 8bitpeoples

毎年良質なオンラインリリースをもたらしてくれる8bitpeoplesですが、今年は特に完成度の高い作品が多かったことに加え、無名の実力派アーティスト発掘にも精力的で、老舗レーベルとしての風格をみせつけてくれました。

Gainlad, Future:Komp, Fasion Proofなど多くの新興レーベル誕生をみた本年、ネットレーベルシーンは全般に活況だったといえますが、古参の熟練アーティストにスポットの当たる機会は皆無にひとしく、その点はまことに残念でした。


最優秀コンペティション賞: Goat Tracker 2 Music Compo (Commodore 64)

名前通りGoat Tracker 2のリリースを祝して開催されたSIDミュージックの祭典です。思えば最初のGoatTracker CompoPolly Tracker Compoもそうでしたが、新型ミュージックエディタの試用を兼ねたコンペティションには特有の新鮮さがあり、規模は小さくとも印象深い作品が集まる傾向にあるように思われます。優勝者のRandallはポーランドきっての実力派のひとりで、The SID Compo Vでも鮮やかなファンキーチューンで優勝をさらうなど、快進撃ぶりをみせつけました。

例年のフォーマルなコンペティションたちももちろん魅力的で、今年はアタリST生誕20周年ということもあって、特にDHS Online Compo 2005が気合いたっぷりでした。メガデモとして提供された作品パックは圧巻です。Famicompo Mini Vol.2 (FC) もバラエティ豊かな内容で楽しませてくれましたが、拡張音源志向の強い日本と、そうではない海外との温度差が浮き彫りとなり、物議を醸す面もありました。


最優秀ソフトウェア賞: maxYMiser (Atari ST)

チップサウンドの新しい地平を覗かせてくれるミュージックエディタが、今年はいろいろと登場しました。セガマークIIIの音楽制作を実現したMod2PSG2, ファミコンサウンドへのアプローチをより容易にしたFamiTracker, コモドール64のサンプラとしての可能性に挑戦したPolly Tracker……。いずれかひとつをベストとして選出するのはなかなかに大変ですが、理想のあくなき追究という点に関していえば、やはりgwEmのmaxYMiserが突き抜けていました。これこそアタリSTシリーズの生誕いらい20年をかけて培われてきた、先人たちの成果と野望の集大成ともいえるサウンドエディタです。操作に慣れを要することもあってか、まだユーザーはそれほど多くありませんが、PSGサウンドの可能性がまだまだ掘り尽くされていないことを象徴する逸品でした。


最優秀ハードウェア賞: 該当なし

大きな変容に繋がりうるような革新は、今年は特にありませんでした。とはいえMIDINES (NES) やTNS-HFC1 (FC) など、昨年リリースされたハードウェアがさらなる洗練を遂げ、着実に浸透を遂げつつあることは注目に値します。


最優秀ウェブサイト賞: music.gameboymall.com

チップチューンの世界にはいまだに機種間あるいはシーン間の垣根が色濃く存在していて、今年は新しい世代のミュージシャンの間でさえ対立が表面化、"DISSED BY THE QFS" (アンチmicromusicコンピレイション) という一種異様なリリースへと発展しました。このような対立が起きてしまうのは、結局何かしらの共同体に属するウェブサイトないしレーベルから発信されるリリースが多すぎるからなのでしょう。となれば、なんの磁場にもとらわれずに作品発表できる空間としてmusic.gameboymall.comの果たした役割は大きいといえます。

新しいリリースの場としては、myspace.comの手軽さにも注目が集まりました。いまやmp3.comの再来を思わせるような勢いで拡大を続けるmyspace.comですが、こちらはどこまでもコミュニティ形成に主眼を置いたものですから、リリース自体にはそれほど見るべきものがないのが現状です。



総評

チップチューンのカジュアル化、そしてそれにともなう認識の歪みについて昨年ここで言及しましたが、今年はそれがいっそう進行した一年でもありました。チップチューンという概念を日本に紹介したVORCとしては、とりあえずトンガリなんとかはチップチューンなどではありえないということだけ釘を刺しておきます。

認識の歪みは日本だけの問題ではないようで、たとえば欧米では「ファミコンの音源はMIDIである」という不可解な通説が広がりはじめています。この種のあからさまな誤解がそれなりにまかり通ってしまう原因は、伝統的なチップミュージックシーンがいろいろな意味で弱体化してきていることにあるのかもしれません。数年前までチップチューンの中心だったMODシーンの衰退はいまや覆うべくもありませんし、古くからの聴き手や語り部が新しいリスナ層に背を向けている (しかも自分自身はそのことに気づいていない) という、いわばリスナの硬直化も深刻になりつつあります。新しい世代は古い世代と距離を置かざるを得なくなっている。そしてチップチューンシーンの主役は、着実に新しい世代へと移行しつつある。来年あたり「世代交代」がひとつのキーワードとして浮上してくるのではないか――という予測でもって、結びに代えたいと思います。


[文責:Hally]

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