今年からは趣向を変え、VORCが選んだ年間最優秀作品およびアーティストを、部門ごとに表彰します。
昨年までの復刻盤ラッシュがやや落ち着いた一方で、今年はオリジナルCD/アナログのリリースがかつてなく活発な一年になりました。
G6.COM初の市販アルバム「Evolution」は、その中でも抜きん出て完成度の高かった一枚です。携帯電話用FM音源の魅力を如何なく引き出した本格派クラブサウンドは、単に携帯サウンド史のみならず、FMチップサウンド史に残るものといえるでしょう。「ビューポイント」あるいは「バトルガレッガ」あたりが好きな往年のVGMフリークには、ぜひ一聴をお勧めします。その音圧と真髄は、オンライン公開の試聴曲では味わうことができません。
その他とくに言及しておきたいものとして、アミガ黄金期の瑞々しさと国産アーケードの活きのよさを見事に融合した
Soundburstの
「Ecripse of Mars」、そして国内FM音源シーンの健在ぶりをアピールした
将軍/Naonの
「も〜っと! ベアナックル」を挙げておきます。
昨年は記録的なミュージックディスク (パソコン上で動作するミュージックコレクション) の当たり年だったわけですが、今年も
年間リリース数 (pouet.net) は計54本と、数のうえでは昨年と変わらない盛況ぶりです。しかし全体的にはやや小粒なリリースが目立った印象が拭えません。ヨーロッパの老舗デモグループ・
Razor 1911による第3弾は、そんななかで特に構成美が光った一作といえるでしょう。音的にはやや斬新さを欠くものの、クオリティの高さは折り紙付きで、飽きのこない演出によるトータルバランスの高さは見逃せません。
次点としては、強力なチームワークと明快なコンセプトで練り上げた
YM Rockerzの仮想VGMディスク・
「Warryorz」 (ATARI ST) が印象的でした。もうひとつ、慣れた作風で淀みなく聴かせる
CoolPHatの
「Deadly Beats」 (Windows) にも言及しておきましょう。
最優秀アーティスト賞: YMCK
今年彗星のごとく登場し、国内外を問わない多くのリスナーから高い評価を獲得したYMCK。任天堂 (とくに田中宏和) サウンドで育った世代を直撃する4ビート・チップジャズに、甘くキュートなヴォーカルを乗せるというオリジナリティ、ポップセンス。また積極的なライブ活動やイベント開催など、ベテラン勢をも凌ぐ勢いでの活躍ぶりも評価したいところです。1stミニアルバム
「ファミリーミュージック」で確立したスタイルを、今後どういう方向に展開させていくのか、興味の尽きないところです。
日本からは他にも、
Little Neroや
MaakといったMOD方面のニューカマーが、国内最高峰コンポーザーの
なるとに勝るとも劣らない力量を披露してくれました。実力派としては両名が最良のコンポーザーだったといえるでしょう。また、アメリカ人ばなれした選曲センスと超一級の技術でファミコン界隈の話題をさらった
Chibi-Techも、今年 (とくに日本で) もっとも注目された一人でした。最後に、今年も多くのコンペティションで上位入賞を果たしたコモドール64シーンの大ベテラン・
Dane (スウェーデン) をお忘れなく。
最優秀レーベル賞: 該当なし
AnalogikやFromageといったハイレベルなネットレーベルが今年相次いで沈黙し、団体としての存在感を見せたのは、唯一
8bitpeoplesだけという状況になってしまいました。とはいえ、チップエレクトロからストレートなファミコンサウンドまで、シーン全体を横断する彼らの活動ぶりは、引き続き要注目です。
ファミコンによる初のミュージックコンペティションとなった
Famicompoと、どちらを選ぶべきか非常に迷いました。Famicompoは初開催としては異例の盛況ぶりをみせ、質量ともに文句なくハイレベルでしたが、その一方でまだまだ不慣れなエントリも多く、またシステム面の問題点も指摘されました。対照的に、回を重ねるごとにますます洗練されていく
C64 Portal主催のThe SID Compo (コモドール64) は、今年まさに得難い境地に達したといえるでしょう。下位に至るまで熟練した作品が豊富で、長く続くシーンならではの底深さを垣間見せてくれる充実ぶりでした。
著名なアーケードエミュレータ・
MAMEの音楽版ともいえる
M1。そのインターフェイス面を支えるBridgeM1の発展で、今年アーケードサウンドはますます身近な存在になったといえるでしょう。プレイヤとしての充実ぶりもさることながら、有志の手による整備の進む膨大なプレイリスト資産は、データベースとしても貴重な役割を果たすようになろうとしています。
何かと波乱を巻き起こした
MT-32 Emulation Projectも忘れられません。LA音源エミュレーションの実現という快挙はもちろんのこと、版権元であるローランドから公認を取り付けるべく交渉を続けたことや、その過程で
ローランド側の著作権に問題点を発見したという異例の展開も前代未聞でした。
携帯電話音源チップ大手の沖電気やROHMは今年、それぞれ
ML2864や
BU8709KNといった最大発声64音のPCM音源を送り出しました。携帯電話の世界もそろそろチープなサウンドを卒業しようとしています。そんななか、ヤマハだけはよりシンセサイズにこだわった新音源YMU765 (MA-5) を送りだし、FM+PCM+アナログフィルタ+ロボットボイス (計64音) という、きわめてユニーク方向性を打ち出しました。
趣味のレベルでは、
ロジックICで再現したPOKEYチップのインパクトが忘れがたいところです。
これに限らず、ファミコン方面には元気のいいサイトが目立ちました。まず今年前半、
MCK development chiptunes in 2chが登場し、
2ちゃんねるの
mckシーンが外部から見ても分かりやすいものになりました。その後Famicompoの開催により海外シーンと日本シーンが本格的に結びつき、両者の成果を凝縮した2A03.orgの誕生に至ります。これまでリリースされたアマチュアによるファミコン音楽の大半がここに集約されるようになったことで、ファミコンの音楽シーンもまた、コモドール64, アタリ8-bit/16-bit, ZXスペクトラムなどと同様に、確固たる存在感を発揮していく道筋を整えたといえるでしょう。
このほかでは、パソコンユーザーのために携帯電話音源情報やユーティリティを整備したヤマハの
SMAF GLOBALや、分散するMSXフリーウェアのアーカイブ化を推進した
MSX Resource Center・
ダウンロードセクションなどの功績を評価したいところです。
総評
良くも悪くも意表を突かれることの多かった一年になりました。一番予期しなかったのは、去年までchiptune世界の中心にあったはずのMODシーンが、先にも述べたレーベルの沈黙なども手伝って、今年はどうにも低調なまま終わったことです。リリース数そのものは例年に比べて決して少なくなかったのですが、発表場所の分散が目立ち、優秀な作品に出会いにくくなっているのが残念です。
また8-bitリバイバルの象徴的存在だったゲームボーイシーンも、
nanoloopや
Little Sound Dj
といった、シーンを支えたミュージックエディタの事実上の出荷終了を受け、緩やかに沈静化しつつあります。しかしそんな状況とは裏腹に、今年は
micromusicのUSA進出や、Little Sound Djのコンピレイション
「BOY PLAYGROUND」の発売を契機に、かつてなく多くのメディアがゲームボーイ音楽を取り上げるようになった一年でもありました。長年アンダーグラウンドなものとしてチップミュージックを扱ってきた欧米のシーンでは、メディアの接近に対する期待と不安を耳にする機会が増えました。来年はいよいよ、コマーシャリズムとの関係を真剣に考えなければならなくなるかもしれません。
[文責:Hally]