VGM or Chiptune of The Year 2002


「地味に盛り上がった一年だった」というのが2002年を振りかえっての雑感です。見逃せない活動は多々ありましたが、その多くは単体でブレイクするようなものではなく、今後のシーンを支える礎となるものだったと思います。さてVORCでは、今年もVGMとチップチューンに関するリリースや出来事のうちから、特に印象深かった十件をピックアップしました。ご存知ないことが残っていれば、ぜひチェックしてみてください。

1.YM Rockerz復活とアタリシーンの大躍進
アタリ社創立30周年に相応しく、今年はアタリ方面がとにかく元気な一年でした。

  • 1月 アタリ全般の内蔵音源ニュースサイトとしてtracking.atari.orgがオープン。
  • 3月 アタリ2600をシンセサイザとして扱えるようにするカートリッジ・Synthcartが登場。
  • 5月 アタリSTシーンの良心ともいうべきチップチューン集団・YM Rockerzが復活。二年ぶりの新作ミュージックディスクとして "spinning wheels" をリリース (作品はMP3形式でもダウンロード可能)。
  • 10月 デモグループP.H.F.が、アタリST史上最大のミュージックコレクションである "Ultimate Muzak Demo 8730" をリリース。180アーティストによる4646曲を収録。
  • 12月 YM Rockerzに感銘を受けたZXスペクトラムシーンのチップチューンコンポーザーたちが、AY Ridersをスタート。アタリSTとほぼ同一のPSGチップを持つZXスペクトラムからの、シーンを超えた兄弟アプローチとして、MP3からなるオンラインアルバムを発表。

YM Rockerzの中心人物であるドイツのTaoは、80年代から活躍しているチップチューンコンポーザーです。「SIDボイス」「シンクブザー」などの独創的なYM系PSGのテクニックを開拓した人物として知られており、いまなおもっとも積極的に作品をリリースしているアタリSTシーンの代表的なミュージシャンです。彼の今年の活躍ぶりは目覚しく、アタリSTチップチューンの集大成ともいえる21分におよぶ組曲「ym-jam」 ("Ultimate Muzak Demo 8730" のイントロ曲として提供) は特に印象的でした。この作品は彼の所属するCreamオフィシャルサイトの "misc" セクションから、MP3形式でダウンロードすることもできます。同サイトでは、Taoが自ら開発中のミュージックエディターであるms 4.0からの録音も公開されましたが、これも画期的でした。初代のアタリSTは、音源としてPSG3チャンネルを持つのみですが、それ以降の機種ではDMAチップによるサンプリング再生をサポートしています。ms 4.0はこの両音源を同時に活用する初の本格的な試みといえます。


2. RomeoCatweasel MK3〜エミュレーター世代の本物志向
今年はMSX公式エミュレーターを筆頭に、80年代PC復古の動きが商業レベルで非常に盛んな一年でした。チップチューン方面も例外ではなく、4月にはPC用音源カードROMEOが登場しました。これはOPNA (PC-8801, 9801など) 相当のFM音源チップを標準搭載し、さらにオプションとしてOPM (X68000, アーケードなど) も搭載できてしまう優れもので、MXDRVghootといった音源エミュレーターを含む各種のエミュレーターが、いち早くこれに対応しています。

海外でも印象的な音源カードが登場しました。11月に発売されたCatweasel MK3 PCI/Flipperです。これは本来、アミガやマッキントッシュのものをはじめとするローカルなフロッピーディスクフォーマットをPCで扱えるようにするPCIボードですが、エミュレーターと実機との掛け橋として、さらにコモドール64の音源であるSIDチップや、アタリ仕様のジョイスティックポートまで搭載していることでも注目を集めました。SIDチップを搭載したPC用音源ボードとしてはすでにHardSIDが一定の成功を収めていますが、Catweaselは再現性の面でこれを凌ぐ意気込みを見せています。対してHardSID陣営もPCIスロット対応の新製品を予定しています。最大4個ものSIDチップを搭載できるのがHardSIDの強みを活かし、楽器としての使い勝手を突き詰めたものになりそうです。

両者ともエミュレーションでは満足できない本物志向のリスナーにアプローチしたものといえますが、エミュレーション精度がかなり向上した今日でも、そうした需要が決して少なくないのだということが窺えます。

3. rebels chipmusicdisk #2
今年はミュージックディスク (パソコン上で動作するミュージックコレクション) の当たり年でした。いまやデモシーンにおける作品発表の中心地となっているpouet.netですが、ここでのリリースを見ると、2002年に発表されたミュージックディスクの総数は56本。これは昨年比1.5倍にあたります。そして興味深いことに、その8割近くをチップチューン主体のものが占めています。デモシーンにおけるチップチューンの存在感がかなり大きなものになりつつあることを裏付けるものといえるでしょう。

内容的にも非常にレベルの高い作品が多かったのですが、1月にRebelsがリリースしたrebels chipmusicdisk #2 (ウインドウズ用) は群を抜く密度の濃さでした。この作品集にはAuricom, Beek, Dallas, Dawn, Edzes, Joule, Maktone, Nagz, Ne7, Rez, Seablue, Slash, Smash, Sond, Jelly, Vhiiula, Virt, Xerxes, Zalzaといった、chiptune MODシーンの重要人物たちが35曲を提供しています。チップチューンというジャンルを奔放に解釈しつつも、妥協を許さない高度なジャズエッセンスで統一されており、ほとんどハズレ曲なしという驚愕の完成度。2002年のみならずチップチューン史全体における重要作として位置付けられるものとなるでしょう。

次点として挙げられるのは、coolphatHybrid'Elic (12月, ウインドウズ用) でしょうか。チップチューンの過去と現在を絶妙なバランス感覚で編み上げています。

4. virt "fx 2.0"
アメリカの若きチップチューンの貴公子・virtことJake Kaufmanが今年もやってくれました。9月にリリースされた "fx 2.0" は、昨年VGM OR CHIPTUNE OF THE YEAR 2001のトップに選出した傑作 "fx ep" に負けず劣らず印象の強いものでした。前作は「悪魔城ドラキュラ」シリーズの架空の続編でしたが、今回は「ジャイラス」「トップガン」「魂斗羅」「T.M.N.T.」「グラディウスII」「T.M.N.T.3」といった幅広いモチーフを消化する多芸ぶりで、オールドコナミスタイルの継承者ぶりを文句なく見せつけてくれました。彼が見事であればあるほど、失われたコナミの洗練ぶりが惜しまれるわけですが、そのコナミも今年はゲームボーイアドバンスのサウンドにおいてひとつの興味深い解答を出しました。これについては後ほど触れます。

今年のVirtはチップサウンドの枠を超え、一人のゲームミュージックコンポーザーとしても活動の幅を広げました。Shantae (GBC, MP3で全曲公開), Karnaaj Rally (GBA), X'Treme Roller (PS, N64) をはじめとする多様な音源で、今年は10作以上を手がけました。そのスタイルも実に多様で、特定ジャンルだけで彼の音楽を賞賛するのは躊躇われるのですが、さしあたりチップミュージックファンとしては、ゲームボーイ互換音源の用いかたに人一倍神経を使っているゲームボーイアドバンスでの音作りに、引き続き注目していきたいところです。

5. コモドールVIC-20復活の兆し
今年はアタリの創立30周年であるとともに、コモドール64生誕20周年でもあります。本格的なデモシーンデータベース・CSDbの登場や、現代のハードウェアで蘇ったコモドール64互換機・コモドールワンの発売などは、それに相応しい大きなニュースだったといえるでしょう。

コモドール64だけにとどまらず、今年はVIC-20のシーンまでもが例年になく元気でした。ご存知のかたも多いと思いますが、VIC-20は、VIC-1001という名称で1980年に国内先行発売されたパソコンです。チップチューン方面でもデモグループ・Creatorsによるミュージックディスク「Blip Blop Pack 01」がリリースされ、またFisichella (Aleksi Eeben)やVIC-TRACKER (Daniel Kahlin) といった本格的なミュージックエディターが出そろうなど、今後の展開が楽しみな状況になりました。


6. mckコミュニティの発展
mckはファミコンの音楽 (NSF形式) 製作を可能にするミュージックエディターです。昨年その登場をVGM OR CHIPTUNE OF THE YEARに選出しましたが、そのさい「まだ作品らしい作品がほとんどリリースされていませんので、来年はシーンとしてのmckに期待したいところです」と締めくくりました。実際mck周辺は今年、リリースの増加や関連ソフトウェアの充実にとどまらないユニークな展開を見せたように思います。とりわけ、実機でのNSF演奏が実現したことや、Virt, Rugar, Nullsleepといった海外のチップミュージシャンたちに活用されはじめたことは特筆に価するでしょう。

トラッカー主体の海外チップチューンシーンにあって、MML (テキスト入力) という良くも悪くも原始的な手法は、これまでほとんど理解の及ばないところでした。ですがmckをきっかけに、その壁が崩れつつあります。Virtがまとめた英訳mckcマニュアルは、日本人以外の手によるおそらく最初のMML入門です。そしてRugarの "My Girl, The Princess LP" は、日本以外で登場した最初の本格的MML作品集です。国境を感じさせないインターネットという環境と、ファミコン=NESという共通のバックボーンが、これまでほとんど交流のなかった日本と海外のチップチューンフリークの間に接点を生んだわけです。一方でトラッカー陣営からもNerdTracker2 (12月, DOS/ウインドウズ用) やcheestracker (Linux用, 1月) などが公開され、ファミコン音楽の製作手段はかつてなく広がりました。こうした状況の変化が、いまだコピー作品が大半を占める日本のシーンにも今後なんらかの変化をもたらすかもしれません。

7. Vortex Tracker II〜クロスプラットフォーム作曲環境の充実
計画始動から2年を経、すでに誰もが忘れ去ろうとしていただけに、Vortex Trackerの開発再開 (8月) には驚かされました。これはZXスペクトラムの音楽をウインドウズ上で作成可能にするミュージックエディターです。PSGサウンドの常識をはるかに超えた領域にある現在のZXスペクトラムシーンですが、そこに近づくには、ロシア製クローン機の現状認識とロシア語の解読という、大きな壁が立ちはだかっていました。しかしVortex Tracker IIの登場で、これがさらに一歩身近な存在に近づいたといえます。

今年はVortex Tracker II以外にも、前出のNerdTracker2やcheestrackerを含め、クロスプラットフォームなチップチューン作曲環境が続々登場しました。


これだけでも少し前には考えられなかった幅広さですが、さらにMOD方面では、長期間開発の途絶えていたFast Tracker IIImpulse Trackerといった定番ミュージックエディターまでが復活を宣言して多くの人を驚かせました。Fast Tracker IIIは今年9月, Skale Trackerとして登場し、Impulse Tracker IIIも現在 ベータテストを準備中です。

8.ゲームボーイアドバンスとチップミュージック
今年一年で、ゲームボーイアドバンス上での音源エミュレーションは飛躍的に発展しました。その先陣を切ったのは、昨年9月に登場したST-Sound Advance (アタリST/アミガ) でしたが、そもそも海外の市販ソフトは、当初からMODデータの再現に力を注いでいました。今年に入ってkrawallをはじめとする幾多のフリーソフトでもその成果が現れました。PogoShellというウインドウズライクなインターフェイスの登場によって、ソフトウェア開発の知識がまったくなくともMODデータを演奏できるようになったことも見逃せません。PogoShellはMODだけでなくNSF (ファミコンの音楽データ) の演奏をも可能にしました。

他方では、8月から9月にかけてGBAsid, YASP, SPLAM!SIDと、コモドール64のSID音源エミュレーターが次々に登場しました。三つどもえの開発競争でエミュレーション速度と精度は飛躍的に上昇し、現在はSPLAM!SIDがかなりの再現性を披露しています。

またエミュレーションとは無関係に、市販ソフトがチップサウンドへとアプローチせざるを得なくなる局面もありました。2月にコナミがリリースした「キャッスルヴァニア 〜白夜の協奏曲」が、ゲームボーイアドバンスのDAC (サンプリング音源) を波形メモリ音源として扱い、物議を醸したのです。そのCDのライナーノーツで作曲の北海惣史郎は、ゲームを高速に動作させるために旧ゲームボーイ互換音源を主体とせざるを得なかったという背景を吐露しています。ゲームボーイアドバンスのサンプリング部が、凝れば凝っただけCPUに負荷をかける仕様なのは紛れもない事実ですから、そのサウンドは将来的に、チップサウンドと正面から向き合わざるを得ないのかもしれません。いずれにせよこのゲーム機が抱える葛藤を浮き彫りにし、新しいアプローチを提示するに至ったのは、コナミの面目躍如といっていいでしょう。

9. 歌とチップチューン
エレクトロクラッシュという言葉を耳にする機会も増えましたが、今年は80年代のエレポップリバイバルがさらに加速した一年でもありました。この流れのなかでコモドール64やアタリのサウンドを多用するミュージシャンも増加しましたが、その逆に、チップチューンからエレポップにアプローチする動きも出てきています。その胎動を端的に具現化したのはPUSSのシングル "Master Slave" (11月にmicromusicで先行公開) でしょう。もともとPUSSのスタイルはスウェーデン的ポップセンスをまとったゲームボーイ版クラフトワークとでもいうべきものでしたが、"Master Slave" はボコーダを載せるありきたりなロボット的アプローチや、GWEMやDIS*KAなどのパンク的手法とは一線を画する、純粋な意味でのヴォーカルチップチューンに仕上がっており、彼らの模索する路線がここで完全に花開いたといえそうです。なおPUSSは近日中に新アルバムの発表を予定しています。

これとは方向がまったく異なりますが、Mark VII "Presents Action Replays" も、ヴォーカルとチップチューンの斬新な融合でした。この作品に見られるようなヒップホップとチップチューンの意外な相性は、来年以降の新しい動向を示唆しているかもしれません

10. 国産チップチューンシーンの本格始動
昨年までほとんど不毛地帯といっても過言ではなかった日本のチップチューンシーンですが、nanoloopの日本語サポートを契機に、新しい世代のゲームボーイミュージシャンが次々登場するようになりました。早くからよく練り込まれた作品を発表し続け、近日海外デビューを予定しているmmfan316, 全国発売のデビューアルバム「アフリカ」で、ハードなチップエレクトロニカを炸裂させたcow'p (19頭身), 跳ねまくりの変則サウンドがユニークなHex125, 軽快なコナミックセンスで爽やかに聴かせるK→。正体不明のロボティックチップチューンコンポーザー・W2X (作品の聴きかた)、などなど。

Hex125はまた、もうひとつの強力なゲームボーイ用ミュージックエディタであるLittle Sound Djの情報を積極的に日本に紹介しています。こちらも今年は自前のサンプリングを扱えるようになったり、PC用キーボードによるライブ演奏をサポートしたりと、さらなる進化を遂げました。

次点. m1 - multi-platform arcade music emulator 登場
700超の膨大な対応作品や、SCSP/OTISといった未踏の音源エミュレーションも驚異的でしたが、さまざまな事情から表立って取沙汰されることがはばかられたアーケード音源エミュレーションの世界を、広範に知らしめた功績も評価したいところです。

番外. VORC RECORDS 開店
ここ数年、海外ではチップチューンが少なからずレコード/CD化されていますが、日本でそれらを手にする機会には恵まれない状況が続いていました。私たちはこうした音盤を少しでも身近なものにできないものかと考え、オンラインショップとしてVORC RECORDSをスタートしました。まだオープンして半年足らずではありますが、幸いにもすでに多くの皆様にご愛顧いただいており、感謝の念に堪えません。

[文責:Hally]

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